楓屋公募アート展「楓屋 あ・ら・もーど」
「楓屋 あ・ら・もーど」とは?
ジャンルを問わずにテーマに添った作品を募集します。
* 壁面使用の額ものに限らせていただきます。(意図的に額無しにしたい場合は可能です)
* 展示数 お1人様1点〜2点(参加数により変動あり)
第1回
期間 2010年1月10(日)〜1月23日(土)
テーマ「イロアソビ」
第2回
期間 2010年8月1(日)〜8月14日(土)
テーマ「ナツノイロ」
- 2009/06/24(水) 21:34:17|
- ギャラリー展示
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古本屋に行って古い雑誌を買って来る。雑誌であることが重要。36、26年前の雑誌の中にある新製品の広告、当時の芸能人を見つけたりするとこれがまた麗しい。時って何だ?と思ったり、色あせない凄きものを見ると、これからも残るものと今だけのものの判断ってそう変わらないものなんだな。一冊100円の雑誌がこれほど楽しいとは。
22才の人と話す機会があって「はて、俺は22才の時は何をしていただろう?」軽く記憶を辿るとよく分からない。真剣に思い出そうとすれば分るのだろうが、面倒なので考え無いことにした。22才であったことだけは確かだ。22才はキラキラしてたな、俺もキラキラしてたんかな。
22才からもう1度と言われたらやってみたい気もするけれど、また働くんだもんな、また考えるんだもんな、微妙だな・・・。
今朝方シャツを着ようとしたら何だかラードの匂いがした。そうか、これは何時洗濯したか分らないので着ないことにした。古本の匂いにも似ている、俺は古本だ。
めっきり面倒なことをしたくない、考えたくもない自分がいる。ストーリー性のある文章などまったく書けない。4コマ漫画のような文が気楽だ。
けれど、他から見たら役に立たない面倒なことをしているであろうも事実だ。感性の問題だ。
切羽づまった生き方とは、勇気をもって選ぶことかもしれないな。
自分の腹の中にくそったれと思いを落とすことがある。
ちかごろ寝て見る夢はまぁまぁ楽しい。起きて見る夢は起きないこと。10年後にいっぱしになること。


刻々と変わる
良い人ぶっている暇も、押し入れにこもって隙間から覗いている暇もない。病んだ視線や思考の光線に撃たれている暇もない、誰だって病んでるのだから。
- 2009/06/24(水) 21:31:45|
- 「独り言」公開できる範囲編
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