パワーみなぎる、誰も知らない青春小説
「想像の先にあるもの」
足湯ってあるが、入れたことはない。
だって、足ばっかり入っているんだもんな。俺だけなら入れるけれど。
身体全部ならいいの?と聞かれたら、それは今までそうだったから平気と答える。全員ニホンザルなら嫌だ。
なんとなく足だけってのがひっかかる。
美人さんだけだったら入れるんでしょ?「・・う・・うるさい!ほっといてよ!」
手湯ならOKだ。尻湯なら断じて入らない。
「来るべき9月の田代島写真展のため」
今まではしていなかった人に選択してもらうことを今回はやっている。他の方がやっているのをよく見ていて、見てもらうのはあくまで他に対してなのだからそのような形もあるなと感じていた。
最終的には自分の意志を通すのだが、他に対しての導を忘れず計画していきたい。人に選択してもらうと「ああ〜」と努力写真も選ばれないのだが、努力や気持ちも写真を見て伝わらなければしょうがない。万人向け、俺はこれを見て!少数派の視点をバランスよくそろえていきたい、充分に期間はある。充分に期間はあるといっても何かが起こるのが人の世だ。動ける時に動いておきたい。
「UFO」
つづく・・・

足湯ってあるが、入れたことはない。
だって、足ばっかり入っているんだもんな。俺だけなら入れるけれど。
身体全部ならいいの?と聞かれたら、それは今までそうだったから平気と答える。全員ニホンザルなら嫌だ。
なんとなく足だけってのがひっかかる。
美人さんだけだったら入れるんでしょ?「・・う・・うるさい!ほっといてよ!」
手湯ならOKだ。尻湯なら断じて入らない。
「来るべき9月の田代島写真展のため」
今まではしていなかった人に選択してもらうことを今回はやっている。他の方がやっているのをよく見ていて、見てもらうのはあくまで他に対してなのだからそのような形もあるなと感じていた。
最終的には自分の意志を通すのだが、他に対しての導を忘れず計画していきたい。人に選択してもらうと「ああ〜」と努力写真も選ばれないのだが、努力や気持ちも写真を見て伝わらなければしょうがない。万人向け、俺はこれを見て!少数派の視点をバランスよくそろえていきたい、充分に期間はある。充分に期間はあるといっても何かが起こるのが人の世だ。動ける時に動いておきたい。
「UFO」
つづく・・・

2012-01-18 :
「独り言」公開できる範囲編 :
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微笑みのおじさん
珈琲を淹れている時、突然面白い事が浮んでしまう。淹れることに集中していないの?ん〜どうだろう、集中はしている。
珈琲を淹れるのは気持ちのいいことだから身体も心もリラックスしてしまい、自然に思い浮んでしまう。寝ているときに夢を見てしまう状態に似ているもかもしれない。
浮んでしまう面白い事とは、ギャクである。それも万人向けではなく、一部の限られた人しか笑わない、他は呆れるかまったく理解できないでかまわない。通じるであろう人間の顔まで浮び、その切り返しはこんな感じでくるであろうと勝手な想像までしてしまう。笑いの嗜好は食べ物より多彩で複雑だと思うな。
空想状態に入り込んだ時、微笑んで珈琲を淹れている自分を抑えきれずにいる。これ以上口元を崩さないようにするのが大変だ。うすら笑いを浮かべ珈琲を淹れるなどもってのほかですね。しょうがないのですよ。
笑えなくなればなるほど、笑えないところに行ってしまうから、たった独りでも笑えるおじさんでいたいものだ。薄気味悪いと思うのはアナタの勝手で、笑ってしまうのもワタシの勝手なのでほっといてください。
街の人々の表情を追えば、いろいろな顔をしている。何かがあってその顔をしている、何もなくてもその顔で歩くことをスタイルとしている、会社や家庭では出来ないからその顔で歩く、道はみんなのもので考える個室でもある。道を歩くことで解決している、解決しなくても流すことができるものがきっとあるのだろう。
珈琲を淹れるのは気持ちのいいことだから身体も心もリラックスしてしまい、自然に思い浮んでしまう。寝ているときに夢を見てしまう状態に似ているもかもしれない。
浮んでしまう面白い事とは、ギャクである。それも万人向けではなく、一部の限られた人しか笑わない、他は呆れるかまったく理解できないでかまわない。通じるであろう人間の顔まで浮び、その切り返しはこんな感じでくるであろうと勝手な想像までしてしまう。笑いの嗜好は食べ物より多彩で複雑だと思うな。
空想状態に入り込んだ時、微笑んで珈琲を淹れている自分を抑えきれずにいる。これ以上口元を崩さないようにするのが大変だ。うすら笑いを浮かべ珈琲を淹れるなどもってのほかですね。しょうがないのですよ。
笑えなくなればなるほど、笑えないところに行ってしまうから、たった独りでも笑えるおじさんでいたいものだ。薄気味悪いと思うのはアナタの勝手で、笑ってしまうのもワタシの勝手なのでほっといてください。
街の人々の表情を追えば、いろいろな顔をしている。何かがあってその顔をしている、何もなくてもその顔で歩くことをスタイルとしている、会社や家庭では出来ないからその顔で歩く、道はみんなのもので考える個室でもある。道を歩くことで解決している、解決しなくても流すことができるものがきっとあるのだろう。
2012-01-18 :
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2012/01/16 田代島
三陸自動車道にて、わだちに落ちた脱輪事故があり、かなりの時間をロスした。
もうダメかもしれないなと船着き場に向かう直線では諦めかけた。
9時ぴったりに車を停めドアを急いで開けると船員さんが「乗るの!」乗ります!
平日でもそれなりに乗客はいた。席に座るともう諦めていたさっきまでから、夢のような気がしてしまった。
今回は網地島にしようか田代島にしようか乗ってから決めようとしていた。ぎりぎり間に合った安心感のせいか慣れた田代にすることにした。
前回は2時間の撮影だったが、今回は帰りの船を網地島経由で帰ることにしたので4時間45分この島に居れる。
大泊港まで歩けば1時間程度なのでその気持ちもあったが、これも安心感のせいか消えてしまった。
二斗田の町をくまなく歩いてみようとひたすら、ほんとうによく歩いた。
この島で俺はよそ者でしかない。島で働く人たちの脇をすりぬけ、邪魔にならないように流していく。仙台の町をスナップして歩く時と気持ちは同じだが、すこしだけよそ者感を現わしているかもしれない。なんとなく自分の身に感じるよそ者感は嫌いではない。島の人に話しかけて馴染むように写す形もあるが、今回はそんな気にならなかった。上手く言えないがよそ者にはよそ者のルールがあるように思う、よそ者の礼儀というのだろうか?礼儀の中にはよそ者だから入り込む冷たさもあるかもしれない。猫も仲間といる奴と独り山の中にいる奴がいるように。どちら側も、皆、大切にしながら生活している。
いつも石巻から仙台に向かうとき、沈む夕日を眩しくしながら走るのだが、曇りのせいで陽の落ちるのを見ないですんだ。「時はどんどん過ぎて行く」みたいな切実なものを感じない心、過ぎることへの刹那感を持たないことでの安堵感を感じた。追うとか探すとか儚いとかの言葉を心に思わない生活もあるのではなかろうかと考えた。考えてばかりいると泳ぐのを忘れてしまう。時を儚いと思う事自体間違っていたのかなと。



2012/01/16 田代島のアルバム25枚です。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.193024904128354.39284.100002625366673&type=1&l=0ef650f5af
もうダメかもしれないなと船着き場に向かう直線では諦めかけた。
9時ぴったりに車を停めドアを急いで開けると船員さんが「乗るの!」乗ります!
平日でもそれなりに乗客はいた。席に座るともう諦めていたさっきまでから、夢のような気がしてしまった。
今回は網地島にしようか田代島にしようか乗ってから決めようとしていた。ぎりぎり間に合った安心感のせいか慣れた田代にすることにした。
前回は2時間の撮影だったが、今回は帰りの船を網地島経由で帰ることにしたので4時間45分この島に居れる。
大泊港まで歩けば1時間程度なのでその気持ちもあったが、これも安心感のせいか消えてしまった。
二斗田の町をくまなく歩いてみようとひたすら、ほんとうによく歩いた。
この島で俺はよそ者でしかない。島で働く人たちの脇をすりぬけ、邪魔にならないように流していく。仙台の町をスナップして歩く時と気持ちは同じだが、すこしだけよそ者感を現わしているかもしれない。なんとなく自分の身に感じるよそ者感は嫌いではない。島の人に話しかけて馴染むように写す形もあるが、今回はそんな気にならなかった。上手く言えないがよそ者にはよそ者のルールがあるように思う、よそ者の礼儀というのだろうか?礼儀の中にはよそ者だから入り込む冷たさもあるかもしれない。猫も仲間といる奴と独り山の中にいる奴がいるように。どちら側も、皆、大切にしながら生活している。
いつも石巻から仙台に向かうとき、沈む夕日を眩しくしながら走るのだが、曇りのせいで陽の落ちるのを見ないですんだ。「時はどんどん過ぎて行く」みたいな切実なものを感じない心、過ぎることへの刹那感を持たないことでの安堵感を感じた。追うとか探すとか儚いとかの言葉を心に思わない生活もあるのではなかろうかと考えた。考えてばかりいると泳ぐのを忘れてしまう。時を儚いと思う事自体間違っていたのかなと。



2012/01/16 田代島のアルバム25枚です。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.193024904128354.39284.100002625366673&type=1&l=0ef650f5af
2012-01-17 :
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全ては事と時の過ぎゆくままに
おめでたいことは人が去っていく予感がする。
不幸があったなら人が近寄って来る。
おめでたいことは新しい世界へ行くこと、辛いことは今の現場から離れられない、だからそう感じるのかな。
自分の視点から世の中を見ていると、誰もが自分は動けない停車場みたいだ。人の流れを画面の向こうにただ見ているだけ、その後のストーリに自ら関知もできず結末を見送る。
でも、画面の中にいる人それぞれも停車場からこちらをただ見ている関係。
風の種類が同じなら、季節の風に寄せられて、またいつか、会えるかもしれない。
ドラマチックなことなど無いに越したことはない。淡々とした毎日の中、日常のやるべきことがあるから手を伸ばしてそれらを整理整頓していく。楽しいことも嫌なこともやるべきことならなんとかなりそうだ。嫌なことがあまり大きくなってしまうとそれは困るのだが、案外出来る程度の困りごとしか訪れないのかもしれない。だって、楽しいことだって適度な大きさしか経験していないのだから。大小そんなものなのかも。
不幸があったなら人が近寄って来る。
おめでたいことは新しい世界へ行くこと、辛いことは今の現場から離れられない、だからそう感じるのかな。
自分の視点から世の中を見ていると、誰もが自分は動けない停車場みたいだ。人の流れを画面の向こうにただ見ているだけ、その後のストーリに自ら関知もできず結末を見送る。
でも、画面の中にいる人それぞれも停車場からこちらをただ見ている関係。
風の種類が同じなら、季節の風に寄せられて、またいつか、会えるかもしれない。
ドラマチックなことなど無いに越したことはない。淡々とした毎日の中、日常のやるべきことがあるから手を伸ばしてそれらを整理整頓していく。楽しいことも嫌なこともやるべきことならなんとかなりそうだ。嫌なことがあまり大きくなってしまうとそれは困るのだが、案外出来る程度の困りごとしか訪れないのかもしれない。だって、楽しいことだって適度な大きさしか経験していないのだから。大小そんなものなのかも。
2012-01-15 :
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